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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)1063号 判決

第三五二八号事件原告 第一〇六三号事件被告 甲株式会社神戸製作所

第三五二八号事件被告 第一〇六三号事件原告 乙日本光音株式会社破産管財人小町一

主文

一、カール、ツアイス製新型万能測定顕微鏡(略称umm)一台附属品附が甲の所有であることを確認する。

二、乙の請求は之を棄却する。

三、訴訟費用は総て乙の負担とする。

事実

甲は主文第一項同旨の外訴訟費用は乙の負担とするとの判決を求め、請求の原因として、主文第一項記載の物件は日本光音株式会社の所有するところであつたが、神戸市生田区三宮町一丁目二二の二株式会社タツミ商会に於て払下を受けることとなつたので、甲は昭和二十五年三月八日同商会より更に買受けることに契約した。而して同月十八日日本光音株式会社吉祥寺工場に於て同商会は引渡を受けたので、甲も約定代金の支払を完了した上、同商会をして甲宛発送せしめて之を受領し、現に甲本店工場第一機械課室に据付け、精密機械の測定に使用中である。然るに日本光音株式会社管理人庄子勇は其の物件は、(い)同社社長平川政則に依り商法第二百四十五条第一項第二号所定の株主総会の決議を経ずして売却処分せられたものであるのみならず、(ろ)工場財団の一部に属し、工場財団抵当権設定中に拘らず、分離処分するに付き抵当債権者の承諾を得て居らなかつたとか、(は)昭和二十四年八月二十五日東京国税局より滞納処分として差押中であつたので、日本光音株式会社の払下行為は其の効を生ぜず、従つて甲に於て買受人株式会社タツミ商会より更に買受け引渡を受けても、其の所有権を取得するに由なく、所有権は依然日本光音株式会社に存する旨主張し、昭和二十六年四月二十一日東京地方裁判所八王子支部同年(ヨ)第二五号仮処分決定を得、同月二十六日神戸地方裁判所執行吏に委任し、其の執行を為した。然しながら株式会社所有に係る機械類処分に関し株主総会の承認を得ることを要するとのことは、商法第二百四十五条第一項第二号には規定なく(い)の主張は問題とはならぬし、(ろ)(は)の如き事実が仮にあつたとしても、日本光音株式会社は株式会社タツミ商会に対し之を厳に秘し、昭和二十五年三月一日甲社員早助芳一等がタツミ商会の鷲尾光具等と共に本物件検分の為日本光音株式会社吉祥寺工場に出向した際にも其の旨を告げず、本物件に付いては差押公示札も存在しない有様であつたのみならず、同社社長平川政則は本物件に関しては税務署より差押中或は担保権設定中のものではなく、従つて不正品ではなく所有権移転に毫も支障のないものである旨の念書をすら交付して居る有様で、同月十七日引取交渉に際しても、同社に於て労働争議中であつた為、同社社長平川政則はタツミ商会より受領する金員を従業員等に分配せねばならぬ点に付き懸念し、本物件の引渡を躊躇する風はあつたが、契約を解消しようとはせず、寧従業員不知の長に金銭授受を実行しようと企てた程であつた。然し結局、同社長と労働組合間に諒解成立し、翌日タツミ商会は同社従業員の助力を得て無事引取を了し、次で甲に引渡を為し、甲は同種の商品売買を業とするタツミ商会を信頼し取引を完結した次第である。即ち甲は平穏公然善意の上、知らざるに付き過失なくして本物件を占有するに至つたので、民法第百九十二条に従い、即時其の所有権を取得したものと云わねばならぬ。而して株式会社日本光音株式会社は昭和三十年四月二十一日東京地方裁判所に於て破産宣告を受け乙が其の破産管財人に選任せられたので、甲は本訴に於て乙に対し本物件が甲の所有に属する旨の確認を求めると陳述し、

乙の請求に対しては之を棄却すると判決を求め、答弁として、乙の主張に係る物件が元株式会社日本光音株式会社の所有に属したところ、甲が株式会社タツミ商会を経て買受取得し、現に本店工場内に据付使用中であること、並に日本光音株式会社が破産宣告を受け、乙が其の破産管財人に選任せられたことのみ認め、其の余は争う。其の物件取得に関する経過事情は甲が原告として述べるところと全く同一であると述べた。〈立証省略〉

乙は甲の請求は之を棄却するとの判決を求め、答弁として、甲主張の事実中、甲主張に係る物件が日本光音株式会社より株式会社タツミ商会を経て甲に売渡され甲が占有し使用中なこと日本光音株式会社管理人庄子勇が甲主張の如き仮処分執行を為したこと、並に同社が破産宣告を受け、乙が其の破産管財人に選任せられたことは認めるが其の余は争う。本物件に付いては工場財団の一部に属し、昭和二十三年十月十三日株式会社勧業銀行に対し金四百万円の債務の為又昭和二十四年九月十日株式会社第一銀行に対し金三百万円の債務の為に工場財団抵当権を設定しあり、昭和二十四年八月二十五日東京国税局より延滞税金七十八万四千二百七十三円督促手数料金三十円延滞金十六万九千三百八十円徴収の為差押があり、公示方法も講ぜられて居たに拘らず、日本光音株式会社社長平川政則は昭和二十五年三月十日代金六十万円を以て株式会社タツミ商会に対し売渡すべき旨擅に契約を為し、内金二十五万円を受領したが、後日に至り正当に売買契約を為し得ず、従つて引渡不可能を理由に契約解除を申入れたところ、タツミ商会は之に応ぜず、社長平川政則の意に反し、昭和二十五年三月十八日同社労働組合長島田浩基に残金三十五万円を交付し、強いて本物件を同社工場より搬出し去つた次第である。元来本物件は独乙カールツアイス製品で、同社はソビエト連邦の占領地域内に在る為、其の製品を輸入することができず、一方精密機械製作検査上必要欠くべからざる貴重品であるところ、日本光音株式会社の定款には取締役は取締役会を組織し重要事項を決議する旨規定がある故、本物件の如きものを処分するには取締役会の決議を要すべきこと勿論であるのに、本物件の売買は前叙の如く社長平川政則の擅に為したものに過ぎず、取締役会の決議監査役の承認を得て居らぬ故、売買契約は其の効を生ずるに至らない。又本物件は工場財団組成物で、工場抵当法規に基き一個の不動産と看做され、任意に分離することは許されず、強いて分離しても独立の動産として取扱はれるものではない故、動産に関する民法第百九十二条の適用は排除せらるべきである。工場抵当法第二条所定の狭義の工場抵当に関しては、同法第五条第二項を以て民法第百九十二条の適用を妨げぬ旨特に規定せられて居るに拘らず、同法第十四条に依り特に一個の不動産と看做される工場財団の目的に関しては、同法第五条第二項の如き規定なく、準用も認められて居ない。却つて同法第十三条第二項を以て工場財団に属するものは之を譲渡することを得ずと規定し、財団物件の単一不動産性を明確にして居るので、此の点から見ても、民法第百九十二条は財団物件に関しては適用すべきでないこと疑を容れぬ。依つて甲の請求には応じ難いと述べ、

猶「主文第一項記載の物件が日本光音株式会社の所有に属することを確認する。甲は乙に対し前項の物件を引渡すべし。」との判決並に引渡請求に関しては仮執行の宣言を求め、請求の原因として、日本光音株式会社は昭和三十年四月二十一日東京地方裁判所に於て破産宣告を受け、乙は其の破産管財人に選任せられたものであるが、主文第一項記載の物件は同社の所有で、同社社長平川政則に於て株式会社タツミ商会を得て甲に売買し、現に甲が其の本店工場内に据付け使用中であるけれども、其の物件は乙が被告として述べた通りの事情経過で占有を移転せられたに過ぎず、其の所有権は依然日本光音株式会社に存するに依り、乙は本訴に於て甲に対し其の所有権確認を求めると共に其の引渡を求めると陳述した。〈立証省略〉

理由

昭和二六年(ワ)第三五二八号及び昭和二八年(ワ)第一〇六三号各事件は全然同一物件に対する訴で表裏の関係を為し、各別に説示する必要を認めぬ故之を一括して案ずるに、日本光音株式会社が昭和三十年四月二十一日東京地方裁判所に於て破産宣告を受け、乙が其の破産管財人に選任せられたこと、カールツアイス製新型万能測定顕微鏡(略称umm)附属品附一台を日本光音株式会社吉祥寺工場に備付中、同社長平川政則に於て株式会社タツミ商会に売約し、昭和二十五年三月十八日タツミ商会に於て引取り、甲宛に発送し神戸に到着し引渡を了し、甲に於ては本店工場内に据付け、精密機械の製作上検定用に使用中なこと、並に日本光音株式会社管理人庄子勇が其の物件に付き仮処分決定を得執行を為したことに付いては当事者間に争なく、成立に争のない乙第一号証第八号証乙第十号証中野村進の供述調書の部分の各記載、並に証人平川政則田中寛三大木元公永橋剛一郎小沢誠平本万吉の各供述を綜合すれば、其の物件は工場財団を組成するもので、工場財団に対しては日本光音株式会社の株式会社日本勧業銀行及び株式会社第一銀行に対する借用金を担保する為抵当権を設定せられ、其の登記を経、又東京国税局より昭和二十四年九月中滞納処分を受け其の旨登記の存すること明白である。

而して工場抵当法規に依れば、工場財団組成物件は、本来動産であつたにしても一括して之を一ケの不動産と看做され、又工場財団に属するものは、之を分離して譲渡することを得ぬこと、誠に乙の所論の通りであり、一見動産即時取得に関する民法第百九十二条は適用の余地なく、本訴物件は仮令株式会社タツミ商会を経て甲に於て買取り引渡を受けても、其の所有権を取得することはないかの如くにも思はれないではないけれども、工場抵当法第十四条に工場財団は之を一ケの不動産と看做すとあるのは、法律上の取扱として形式上の意義あるに過ぎず、動産である機械が工場財団を組成したが為に其の性能を一変して不動産となる趣旨ではなく、抵当権の目的に添はんが為形式上不動産としての取扱を受けると云うに留まる故、仮令違法にもせよ、而して夫れが為行為者の行為が犯罪を構成し、所為者が処罰を受けるが如き場合でも、不動産と看做される工場財団を組成する動産である機械は之を分離する以上、本来の機能を発揮し、引渡に依り移転を対抗し得るに至るものと解するのを妥当とすべく、従つて民法第百九十二条所定の要件を備える限り、其の譲受人は所有権取得を以て第三者に対抗し得るものと云はねばなるまい。

依つて進んで本件に於ては、売買契約の成立並に引渡に関し民法第百九十二条所定の要件を具備するや否やに付き審究せねばならぬ筋合のところ、証人鷲尾光具(第一、二回)瀬山栄一宮本貞雄松岡嘉一郎早助芳一村瀬寿雄島田浩基平川政則田中寛三大木元公の各供述並に証人大木元公田中寛三の各供述に依り成立を認め得る甲第一号証(乙第三号証)、甲第三及び第四号証(乙第二及び第四号証)、証人宮本貞雄鷲尾光具の各供述に依り成立を認め得る甲第二第五及び第十四号証、証人島田浩基鷲尾光具の各供述に依り成立を認め得る甲第六及び第七号証、証人鷲尾光具の供述に依り成立を認め得る甲第八号証の一乃至三第十号証、証人村瀬寿雄早助芳一鷲尾光具の各供述に依り成立を認め得る甲第十一号証、証人早助芳一鷲尾光具の各供述に依り成立を認め得べき甲第十二号証の一乃至五証人瀬山栄一鷲尾光具の各供述に依り成立を認め得べき甲第十六号証の一乃至四、成立に争のない乙第六乃至第八号証成立に争のない乙第十一号証中幸池節の供述調書の部分の各記載を綜合すれば、日本光音株式会社は昭和二十三、四年以来営業不振に陥つたので、社長平川政則は当時の業態としては必要のない本物件を高額に処分し、其の売得金を以て再建経営資金に充て度いと考え、債権者其の他には方策をめぐらし事後承認を得ようと企て、ひそかに工場長大木元公経理部長田中寛三等に其の意嚮を洩し買主を物色すべき旨申渡し、大木元公等も之を体し奔走して居たところ、甲は戦後予て精密機械製作検定の必要上、ummの入手を希望し、常に同社に出入する測定機械商タツミ商会に照会し、同商会は東京に於ける同業宮本貞雄に問合せ、本物件其の他買取可能品の存することを確めた上、下命に応じて見積書を提出し、甲は係社員早助芳一及び技師山本茂等を派遣し、タツミ商会鷲尾光具と共に昭和二十五年三月一日本物件其の他を点検せしめ、本物件を以て最適とし、同月九日タツミ商会に対し代金二百三万円を以て買付註文を発し、タツミ商会鷲尾光具は之に基き社員新井静雄を派し其の翌十日日産館内に於ける日本光音株式会社本店に於て本物件には担保権の設定なく又差押中のものではない旨保障せしめた上タツミ商会が日本光音株式会社より本物件を代金六十万円を以て買受くべき旨契約し、即時内金二十五万円を同社経理部長田中寛三に交付し、同人は社長平川政則の意を体し同社の帳簿上にも正式に受入を記載し、同社の用途に之を使用した上、本物件は同月十七日限り残金受領と引替に引渡すべき旨打合せたのでタツミ商会は其の旨甲に通じ、甲はタツミ商会の引取発送を監督せしめる為、社員早助芳一をタツミ商会の鷲尾光具瀬山栄一等と同行せしめることとした結果、同人等は同月十七日午前中本物件の所在する日本光音株式会社吉祥寺工場に到り、先着の仲人宮本貞雄松岡嘉一郎等と共に、早助芳一を別室に待機せしめて、社長平川政則に契約履行即ち残代金受領と引替に本物件の引渡を要求したところ、偶々同社は従業員等に対する給料不払に端を発した労働争議中で、社長室には労働組合長島田浩基以下従業員多勢詰めかけ、社長平川政則以下幹部職員は所謂吊し上げに遭つて居た為、社長平川政則は鷲尾光具等の要請に応じ本物件の引渡を為し、残代金を受領しても、其の金員は従業員等に対する延滞中の給料の支払に充てねばならなくなる関係上、日産館内本社に於て金銭授受を為さんとか、引渡は本日は行い難し、明日を期して行うべしとか申向けて、即座に取引を完結することを極力回避して居る中、従業員等に於ても既に本物件の売買契約成立し、しかも社長が代金の一部を受領したことを知り、契約を履行した場合残代金は全部未支給料に充当すべき旨を主張して譲らず、夜に入るも猶妥結を見るに至らず、鷲尾光具は早助芳一が契約を解除し代金返還を求めるのを慰留しつつ宿舎に引取らしめたが、其の後同夜午後十一時に至り、辛うじて社長平川政則以下幹部職員と労働組合長以下従業員等との間に妥協成り、本物件の処分に関しては、債権者銀行並に監査役の承認を求めた上、明日午後二時を期して搬出を許可すべく、万一其の定刻迄に指図なき場合は労働組合長に於て社長に代りタツミ商会より残代金を受領した上、本物件の引渡を為すも止むなき旨を定めたが、タツミ商会に対しては、単に明日午後二時を期し本物件の引渡を為すべく、残代金は社長其の他幹部職員立会の上授受すべきも若し立会せぬ場合は労働組合長島田浩基に支払うを以て足る旨申向けたので、タツミ商会の鷲尾光具等も工場長大木元公の協力を得て梱包した本物件上にタツミ商会の所有なる旨表示した貼札を為した上、茲に初めて同社より退去し、早助芳一に其の旨伝達し、翌十八日は前日同様関係者と共に午前中より日本光音株式会社吉祥寺工場に参集し、社長平川政則の指図を待つて居たところ、約定の時刻に至るも同社長は日産館内本社にも吉祥寺工場にも姿を現はさず、工場長大木元公は前夜の取極に従い社長に代り搬出許可を与えたので、鷲尾光具は残代金三十五万円中より損害金として金五千円を控除した其の余を労働組合長島田浩基に交付した上、従業員等の協力を得て本物件を貨物自動車に積込み搬出し、軈て鉄道に依り神戸へ向け発送し、到着後甲に引渡を了したことを認めるに十分である。而して見れば甲は勿論株式会社タツミ商会も本物件が工場財団を組成するものであり、且税金滞納処分を受け居るに拘らず、其の処分に関し債権者等の諒解を得て居らぬことを露知らず、平穏公然と日本光音株式会社より買受け引渡を受けたものと云はざるを得ない。只本物件には工場財団組成物として其の旨の記号番号が記入せられて居たとか、差押標識が施されて居たとか云う説もないではなく、証人小沢誠平本万吉永橋剛一郎平川政則大木元公の各供述に依れば、之を肯定し得べきが如くでもあるけれども、証人鷲尾光具瀬山栄一早助芳一宮本貞雄平川政則大木元公平本万吉島田浩基の各供述並に乙第十一号証中山本茂乙第十二号証中早助芳一の各供述調書の部分の各記載に依れば、昭和二十五年三月一日下検分の折にも、同月十七、八日引取交渉及び引取の際にも、夫れ等標識は消散して居たかと思はれる節もあり、甚だ断定に苦しむところではあるが、歳月の経過に依り標識の消散することは得て有り勝ちのことであるに鑑み、当時夫れ等標識は既に存在しなかつたものと認めるのを妥当とする。従つてタツミ商会或は甲が之を知らざるに付き過失ありと為するには足りぬ。尤も登記簿を閲覧すれば、斯かる事実は直に発見し得るところであることは疑を容れぬけれども、我が国に於ては本来の不動産取引の場合は格別、機械類の取引に当つては進んで登記迄調査することは一般に行はれて居らぬものと推定し得べく、否前顕担保権の設定なく、差押中にあらざる旨の日本光音株式会社社長平川政則名義の念書をすらタツミ商会に於て徴して居るのみならず、従前日本光音株式会社より買受けた他の機械に付いては何等故障も生じなかつたこと証人宮本貞雄田中寛三の各証言に依り明白であるところより見れば、タツミ商会或は甲に於て登記簿の調査に迄念を入れなかつたところで、過失ありとはなし難いであらう。猶証人平川政則大木元公田中寛三島田浩基、乙第十一号証中幸池節の供述調書の部分の記載に依れば、昭和二十五年三月十七日社長平川政則と鷲尾光具等との対談中、社長平川政則は本物件は工場財団抵当権設定中ではあり、税金滞納処分を受け居るに依り其の始末をせぬ限り契約履行はなりかねる旨申向けたこともあつたかの如くでもあるが、証人鷲尾光具宮本貞雄大木元公、島田浩基等は斯かる事実はなかつたと供述する。此の点も一種の水掛論で、判定には悩まされるところではあるけれども、前叙の如き労働争議中であり、本件に現はれた全証拠を綜合し認められる社長平川政則の性格乃至態度より推して、斯かる申向は従業員等に対しては為されたにしても、タツミ商会に対しては寧為されたことなく、社長平川政則は飽く迄タツミ商会との契約実行を希望する為厳に之を秘し居り、只代金全部を従業員等に配分せざるを得ざるに立至ることを恐れて居たに過ぎぬものと認めるのを相当としよう。本件に現はれた全証拠中之に反する部分は採用し難く、其の他の部分を以ては此の認定を左右するに足りぬ。

猶乙は本物件処分に当つては取締役会及び監査役の承認を得て居らぬところ、会社に取り重要事項の処置である以上、其の処分は無効である旨抗争するに依り特に案ずるに、本物件が当時如何に貴重であつたにしても、代表並に業務執行権限ある社長平川政則が外部に対し為した行為は、内部に於ては其の責任を問はるることとなるにしても、取引の相手方又は第三者に対しては其の瑕疵を主張し得べき限りではないこと勿論で、此の主張も排斥するの外はない。

而して見ればタツミ商会より更に平穏公然善意にして、善意なるに付き過失なくして本物件の占有移転を受けた甲に於ては、占有取得と同時に其の所有権を取得するに至つたものと認めるの外はなく、乙が之を争う以上、甲に於て本物件の所有権が甲に存する旨の確認を求める請求は正当として認容すべく、其の反面乙より其の所有権が日本光音株式会社に存する旨の確認を求める請求は失当と云はねばならない。従つて乙より甲に対する引渡請求も排斥せらるべきこと亦言を俟たぬ。依つて訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用し、主文の通り判決することにした。

(裁判官 藤井経雄)

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